山頭火句碑めぐり

種田山頭火は、明治15年山口県防府市に生まれました。僧形の放浪漂白の乞食(こつじき)俳人に徹し、昭和の松尾芭蕉とも称えられています。昭和15年59歳で没しました。
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その山頭火が飯田に2回来遊しています。
初めの来遊は昭和9年。4月14日に清内路峠を越えて上清内路村に一泊、15日に飯田に入りました。その日、今宮風越館(現在は丸山公民館)での歓迎句会に臨みましたが、句会の席で発熱、肺炎と診断され緊急入院、危うく一命を取り留め、28日に桜町駅から電車で山口県に帰りました。
2回目の来遊は昭和14年。5月2日に静岡県水窪町から長野県に入り、翌日電車で伊那をめざし、天竜峡で途中下車しています。5日に権兵衛峠を越えて木曽路へ出ました。
山頭火の句碑は、飯田市今宮町・清内路村七七平に各1基(自筆)、清内路村平瀬橋に4基(2基自筆)の6基が建てられています。
山頭火の俳句・・・
飲みたい水が音たててゐた
山ふかく蕗(ふき)のたうなら咲いてゐる
山しづかなれば笠ぬいでゆく
山なみ遠く信濃の国の山羊がなく
山ふかく白い花
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