~座光寺地区の産土神(うぶすな)~麻績神社

2つに別れている参道

2つに別れている参道

ひっそり佇む北原稲雄氏の石碑

ひっそり佇む北原稲雄氏の石碑

竹宵の光

竹宵の光

見事なシダレザクラで有名な『舞台桜』のある麻績神社は、一村一社として長年受け継がれています。
 座光寺地区の約1400戸が氏子となり、毎年、元旦祭、春祭り、秋祭り、勤労感謝祭の4大祭を開催しています。
麻績という言葉は、麻を積むというところから来ていて、麻を作ることができる豊かな場所という意味で、飯田市松尾から松川町までを指します。
元々は八幡社とだけ呼ばれていましたが、座光寺地区の大地主で、有力者であった、北原稲雄氏が"麻績"という言葉を大変気に入り、明治6年から神社の名称に使うようになり、現在に至っています。
敷地内に北原稲雄氏の石碑が建立されていますが、撮影をした日には、きれいな紅葉に囲まれ、ひっそりと佇んでいました。
石段を登り、鳥居をくぐると、最後に参道が二つに分かれています。一つが麻績八幡宮に、一つが麻績諏訪社につながっています。
麻績神社の起源は八幡宮の祭神、譽田別尊(ほんだわけのみこと)で、産土神です。
産土神とは、その人が生まれた土地の守護神を指し、その人が生まれる前から死んだ後まで守護する神とされ、他所に移住しても一生を通じ守護してくれると信じられています。
石の参道をよく見ると、本通りと脇の通りに区別されているのが分かりますが、本通りは、麻績八幡宮につながっています。
「忙しくて時間のない時には、こちらをお参りしてください」と神社総代長を務めた経験があり、今回お話しを伺った今村   さんは話していました。
麻績神社の敷地内には、県宝である、歌舞伎舞台と学校とを兼用するように建てられた、旧座光寺麻績学校校舎があります。学校建物としては県下で最も古く、農村の歌舞伎舞台としては県下最大級で、全国的に珍しいものです。
麻績神社を訪れた際にはこちらもご覧下さい。

行こう!みなみ信州

  • 行こう!みなみ信州 トップ
  • みなみ信州MAP
  • ふるさと再発見
    月別に見る
ページTOPへ