七久里神社秋季例祭(飯田市山本)

飯田市山本に七久里神社があります。主祭神の品陀和気命(ほむだわけのみこと)は、第15代応神天皇の御名で、母君は有名な神功皇后です。
本社の御鎮座は長慶天皇の御代、天授二年(1367年)といわれ、この年、後醍醐天皇の御子、宗良親王(むねながしんのう)は、本社の御神前に幣を奉って民草の幸福と世の平和とをお祈りされ、このときに「七十路の齢をたもつこれやこの 七久里の社の恵なるらむ」という和歌をおよみになりました。
その宗良親王を慰めるために始まったともいわれる七久里神社の例祭は、700年にわたり五穀豊穣や無病息災を祈願、感謝する豊年祭りとして継承されている伝統行事です。
今では「裸祭り」と呼ばれ、天下の奇祭として全国的にも有名となっていて、全国から裸祭りを一目見ようと多くの方が訪れています。
この例祭の宵祭では、七つの地区(平)ごとに選ばれた力自慢の若者が、前日より身を清め、裸身となって腰に太注連縄を締め、注連縄をめぐらした御神酒樽を頭上高く掲げ、「オイヨ」「オイサ」の勇ましい掛け声とともに振り回します。
これに選ばれた若者は、宵祭の花形役者となり、奉納煙火の点火一切の責任者となります。三国煙火に火を点じて、振りくる火の粉を浴びて樽を振りながら舞う姿は勇壮で、選ばれた若者は、男の中の男として氏子中の憧れの的となります。これにより宵祭は「裸祭り」と呼ばれるようになりました。
尚三国煙火とは、その昔、武田信玄が甲斐・信濃・駿河の三国を平定したとき、領土内の名ある神社に、当時戦いに使用していた烽火(のろし)に工夫を加えた筒煙火を神前に奉納し、その戦勝を祝すとともに、領土の平安を祈念したため、以来この煙火は三国煙火と呼ばれるようになり、例祭には必ずこの三国煙火を奉納しなければならない習わしとなりました。
今年は10月1日(土)に開催予定ですので、一度訪れてみてはいかがでしょう。

※七久里神社宮司 近藤政彰さん 本村隆雄理事の協力

行こう!みなみ信州

  • 行こう!みなみ信州 トップ
  • みなみ信州MAP
  • ふるさと再発見
    月別に見る
ページTOPへ