愛宕稲荷神社(あたごいなりじんじゃ)(飯田市愛宕町)

飯田市愛宕町の愛宕稲荷神社は、境内に樹齢七百年余といわれる「清秀桜」、境内の東方には「千代蔵桜」があり、桜の名所のひとつです。
「清秀桜」は、桜の古木が点在する町として知名度が高まってきた飯田の町の中で現存最古級の桜です。
この愛宕稲荷神社は、社伝によると、12世紀に飯坂城主の坂西氏が伏見稲荷の祭神を勧請したのがはじまりと伝えられる古い神社です。
現代は神と仏を別物として捉えることが多いですが、愛宕の地は明治以前、修験(しゅげん)の拠点で、神仏混淆(こんこう)の様相を呈していました。
文禄年間(1592~96)に、京極高知(きょうごくたかとも)が城下を整備した際に稲荷神社が愛宕に遷座されたのち、愛宕社と稲荷社とが合祀され「愛宕稲荷神社」と称するようになったと伝えられます。
江戸時代になると、真言宗醍醐寺三宝院の末寺として「愛宕山」が登場し、後に寺号が「地蔵寺」と改まり、明治期までこの地蔵寺が存続します。
地蔵寺は愛宕社の神宮寺のような位置付けであったと推測されています。
明治維新によって神仏分離令(神仏判然令)が公布されて地蔵寺は廃寺となり、境内の整備が行われ、昭和に入り現在の愛宕稲荷社の社頭の姿がかたちづくられました。
近世の飯田城下では、とくに上層町人や藩士たちのあいだで和歌や俳諧、能などの芸道に興じる風潮が生まれました。その文化の一端を垣間見ることができる三十六歌仙絵馬が愛宕稲荷神社に奉納されています。
三十六歌仙とは平安時代に藤原公任(ふじわらのきんとう)がまとめた「三十六人撰」の載っている和歌に長じた三十六人の歌人のことです。
この絵馬は安政5年(1858)に知久町二丁目の若者組が神社へ奉納したものです。
また、社殿に飾られている立派な注連縄は、製作時には200㎏もあり、地元の農家組合の方々が毎年二日がかりで作っているものです。
見どころ満載の愛宕稲荷神社を参拝してみてください。
 
  ※修験:山へ籠もって厳しい修行を行うことにより悟りを得ることを目的とする日本古来の山岳信仰が仏教に取り入れられた日本独特の宗教。
※神宮寺:日本で神仏習合思想に基づき、神社に附属して建てられた仏教寺院や仏堂。 

※平栗正嗣理事の協力により誌面を作成しました。

 

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