"切石" (飯田市鼎切石)

蛙石

蛙石

田んぼの中にある大きな石

田んぼの中にある大きな石

飯田市鼎切石は、松川によって押し出された石材に富んでいることで、かつては多くの石屋業がありました。

切石の七妙石の伝説があることからも豊富に石があったことがうかがえます。
その七妙石の一つである"切石"は地名の由来となっています。
その石は、切られたように真っ二つになっていて、義経と弁慶が切ったという伝説があります。
源義経が兄頼朝に追われ、東北の藤原氏を頼って落ちて行く時、ここを通ったと伝えられていて、彼らの行く手に大きな石があり、邪魔になったので、まず弁慶が切ったら少ししか切れなかったが、義経が大刀を振りおろしたら真っ二つに切れたということです。
こういう伝説があるということは、鎌倉時代の初期には、鎌倉街道が伊那を通っていた名残りなのかもしれません。
岐蘇沿革史や西筑摩郡誌には、鎌倉時代の初期には木曽路は開けてなく、伊那路を通ったことになっています。そうすると義経も弁慶も、金売吉次も御坂を越えて一度ぐらいは鼎のどこかを通ったのかもしれません。
尚、切石の七妙石は他に、蛙石、駒石、太鼓石、鬼石、蔦石、分福石があります。すべてを見つけるのはちょっと大変かもしれません。


※金売吉次・・・平安時代末期の商人。平治物語、平家物語、義経記、源平盛哀記などに登場する伝説的人物で、奥州で産出される金を京で商う事を生業としたとされ、源義経が奥州藤原氏を頼って奥州平泉に下るのを手助けしたとされる。

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